誰か一人が街の食事を全部計画しなくても、店は料理を作り、人は選び、必要なものが売買されます。それぞれが自分の目的で行動しているのに、全体にも結果が生まれる。見えざる手は、こうした市場の働きを考えるときに登場する言葉です。
アダム・スミスの「見えざる手」
見えざる手は、アダム・スミスの著作に登場する比喩です。日本語では「神の見えざる手」とも呼ばれますが、見えない誰かが毎回価格を操作しているという意味ではありません。
『国富論』の第4編第2章では、自分の安全や利益を求めて資本の使い道を選ぶ行動が、意図していなかった社会の利益につながることを論じています。
今は、個々の取引を通じた市場の調整を説明するときにも使われます。ただし、「個人が好きに行動すれば、どんな市場でも社会全体が必ず最善になる」と読み替えると、話が広がりすぎます。
価格は、需要と供給の間で情報になる
説明用に、おにぎりを売る店を考えましょう。同じ条件なら、値段が上がると買う量を減らす人がいるでしょう。一方、店にとっては高い価格で売れるなら、作る量を増やしたくなるかもしれません。
反対に、安くても売れ残るなら、店は品ぞろえや数量、価格を見直すでしょう。買いたい人と、売りたい人の判断が、価格や取引量を通じて互いに影響します。
ただし、おにぎりの「本当の適正価格」が必ず100円と決まっているわけではありません。材料、立地、数量、好み、競争相手などで、取引の条件は変わります。
単純な売り場でも、調整には時間がかかる
昼に売り切れたからといって、明日から無限に作れるわけではありません。材料の注文、作る人の時間、置ける場所が必要です。買う側にも、別の店へ行く時間や、好みの違いがあります。
価格が動けば、その瞬間に人数や数量がぴったりそろう、と考えないほうが実際の場面を理解できます。何を変えられるか、どれくらい時間がかかるかも、調整の一部です。
Uber Eatsは、人と店をつなぐ仕組みの例
Uber Eatsでは、注文者、商品を用意する店舗、配達パートナーが、アプリを通じてつながります。料理を自分で作らなくても、注文や配達を結びつけるサービスを運営できる、という点が、プラットフォームの特徴です。
Uberの報酬体系の説明によると、予定配送料は、予定時間、受け取り・お届け先の数、交通や待機の状況、注文量、稼働中の配達パートナー数など、複数の要素を考慮して算出されます。依頼の画面には金額や推定時間などが示されます。
こうした条件は、配達する人が依頼を受けるかどうかを判断する材料になります。人が足りないときの報酬を含む仕組みは、需要と供給の調整を考える例になるでしょう。
アプリのルールは、自然に生まれたものではない
ただ、配送料の計算や、依頼に何の情報を示すかは、プラットフォーム側が設計しています。「見えざる手が勝手に最適化している」と言うだけでは、そのルールを見落とします。
注文数と人数だけでなく、店舗までの移動、待ち時間、届け先などもあります。同じ金額でも必要な負担は違うかもしれません。仕組みの評価には、金額に反応する人の行動と、金額や情報を決める側の設計の両方を見る必要があります。
また、需要と供給の仕組みを説明しただけで、ある企業が成功した理由を全部説明したことにはなりません。利用者の使いやすさ、店舗との連携、地域の条件など、別の問いも残ります。
価格だけでは、見えにくい影響もある
市場の取引に参加していない人へ、費用や利益が及ぶ場合があります。たとえば生産に伴う汚染の負担が、周辺の人に生じることです。IMFの外部性の解説は、価格がすべての費用を反映しない問題を扱っています。
売り手と買い手だけが満足していても、外側に影響があるなら、全体の評価は別になります。情報が偏っていたり、競争が十分でなかったりする場合も、市場を見るときに考えたい条件です。
アプリを作る側も、誰の負担が増えるかを見たい
自分が広告収入を得たいことと、利用者が気持ちよく遊びたいことは、両立できる設計を考えられます。ただ、広告を増やすだけなら、プレイを中断する負担が利用者側へ移るかもしれません。
どこで広告が出るかを分かりやすくする、遊びの区切りで表示する、画面で誤解を招かないようにする。制作側の目的を持ちながら、別の人への影響まで確かめることができます。
見えざる手は、市場を見る入口です。誰が何を判断し、その判断材料を誰が作っているのか。そこまで見ると、値段の変動だけでなく、サービスの設計も考えやすくなります。
