『サピエンス全史』を読んで考えた繁栄と幸福|反出生主義への入り口

数が増え、世界に広がった生き物は、幸せになったのでしょうか。『サピエンス全史』を読んで印象に残ったのは、種としての繁栄と、一つの命が経験する幸福を分けて考える視点でした。そこから、生まれることをどう評価するかという、反出生主義の問いにも関心を持ちました。

人類の成功を、別の物差しから眺める本

ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』は、人類の歴史を大きな流れで捉える本です。農業、国家、お金など、普段は当たり前だと思っている仕組みを、違う角度から見直させてくれます。

著者の公式紹介でも、人類が強い力を持つようになったことと、以前より幸福になったかという問いが並べられています。力が増える、人口が増える、できることが増える。それだけで、個人がどのように暮らしているかまで決まるわけではありません。

この本を読む面白さは、大きな成果を別の物差しに置き直せるところだと思います。「発展した」という言葉を見たとき、何が増え、誰の生活がどう変わったのか、と一歩先を考えたくなります。

家畜の数が増えることと、一頭の暮らし

その違いを考えやすいのが、家畜の話です。人間に役立つ動物は多く飼育されます。数の増加という物差しなら、繁栄していると表現できるかもしれません。しかし、その一頭がどのような環境で生きるかは、別の問題です。

ハラリは家畜についての文章で、健康や餌を維持することと、動物の社会的・心理的な欲求が満たされることを区別して論じています。生産のために生かされていることが、そのまま動物の暮らしのよさになるとは限らない、という問いです。

ここから私は、集団の数字だけでは、一つの命の体験が見えないことを考えました。数が増えている、長く生きている、病気が少ない。どれも大切な情報ですが、それぞれが測るのは生活の一面です。

反対に、動物の幸福を外から一言で断定するのも難しいでしょう。少なくとも、動ける空間、他の個体との関係、痛みや不安など、どの側面を見ているかを意識すると、「繁栄」の一語では済まなくなります。

人間の暮らしでも、同じ問いが生まれる

人間についても、集団の成長と個人の暮らしを分けて考えられます。会社の売上が増えていても、働く人が休めているとは限りません。町の人口が増えていても、そこに住む人が安心して暮らせるかは、住まいや移動、支援などにも関わります。

もちろん、成長が生活をよくすることもあります。収入や技術が増えることで、選べる暮らしや、困ったときの助けが増えるかもしれません。だから、成長が無意味だと決めるのではなく、その成果が誰にどう届くかを考えたいところです。

個人の一日を見ても、予定をたくさんこなした日が、必ず充実した日になるわけではありません。何をしたかに加えて、誰と過ごし、どんな時間があったかが関わります。数えやすい成果と、経験している本人の感覚を両方見る必要があると感じます。

反出生主義は、これから生まれる命をどう考えるかという立場

反出生主義は、人を新たに生み出すことを倫理的に否定的に評価する立場です。その理由には、避けられない苦痛や、重大な不利益の可能性を新しい命に負わせることへの懸念などがあります。

これは『サピエンス全史』の内容から自動的に出てくる結論ではありません。繁栄と幸福の違いを読んだあと、私が別の議論として考えたテーマです。ハラリの歴史の議論と、出生の倫理の議論を分けて読む方が、それぞれの問いが見えます。

代表的な論者の一人であるデイヴィッド・ベネターは、『Better Never to Have Been』で、生まれることは害であり、新たに人を生み出すべきではないという立場を論じています。ただ単に、楽しい日よりつらい日が多いと数えるだけの議論ではありません。

苦痛と喜びを、同じようには扱わない議論

ベネターの1997年の論文には、苦痛と喜びの非対称性を考える議論があります。主張の骨組みを整理すると、次のようになります。

場合ベネターの評価の仕方
苦痛がある悪い
喜びがあるよい
苦痛がないそのよさを経験する人がいなくても、よい
喜びがない喜びを奪われる人がいなければ、悪くない

まだ存在しない人には、味わえなかった喜びを残念がる本人がいません。一方、生まれれば苦痛を経験する本人ができます。この違いから、生まれないことを肯定的に評価するわけです。

私が面白いと思うのは、「よい経験と悪い経験を足し引きすれば決まる」という直感から、評価の前提へ問いを移しているところです。存在しない人について、よい、悪いと言えるのか。誰の立場から、何を比べているのか。短い表の中にも、考えることがいくつもあります。

納得するかどうかは、前提の評価で分かれる

この表を見て、苦痛がないことをよいと評価できるなら、喜びがないことも失われた可能性として考えたくなる人もいるでしょう。逆に、存在する本人がいないなら、どちらも本人の損得ではないと考える人もいるかもしれません。

また、本人が後から「生きていてよかった」と感じることを、どれくらい重く見るかも問いになります。その感覚を重視する立場と、生まれる前に引き受けさせるリスクを重視する立場では、議論の焦点が違います。

「人生には楽しみもある」の一言だけでは相手の前提に答えられないことがありますし、「苦痛がある」の一言だけで、すべての人の人生の価値が同じように決まるとも限りません。結論に賛成する前に、何をよい、悪いと数えているかを見ると、考え方の違いを話しやすくなります。

新しい命を生むことと、既に生きる人の人生は違う問い

出生をどう評価するかという議論と、既にいる人がこれからどう生きるかという議論は、同じではありません。ベネターの本でも、始めるに値する人生と、続けるに値する人生が区別されています。

反出生主義を紹介することから、今いる誰かの命を軽く扱う結論は出ません。今、苦痛を経験している人がいるなら、その負担を減らし、選べる生活や支えを増やすことも、別の具体的な課題です。

子どもを持つかどうかには、本人やパートナーの希望、暮らし、健康など、多くの条件もあります。哲学の立場を知ることは、周囲の人へ同じ結論を求めることとは違います。

私がこの読書から受け取ったもの

私自身は反出生主義者ではありません。人生にはつらいこともありますが、楽しいこともあります。それでも、繁栄の数字と個体の幸福を分けて考える視点は、自分の暮らしや社会の話を読むときに役立つと感じました。

何かが増えたとき、それは誰にとって何をよくしたのか。成功と呼ばれる出来事の中で、見えていない負担はないか。『サピエンス全史』は、歴史を知るだけでなく、普段使う物差しを見直すきっかけをくれた本です。

反出生主義にも、すぐ賛否を決めるより、何を避けたいのか、何を大切にしているのかを読んでみる面白さがあります。難しい結論の手前にある問いを持ち帰る。それも、読書から得られるものの一つだと思います。

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本記事は、読後に考えたテーマを紹介する書評です。本全体の要約や、全ての議論への賛同を示すものではありません。本文の順序や根拠まで確かめたい方は、本そのものへ進んでみてください。

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  • 読みやすさ:電子版は試し読みと対応端末を確認し、図や文字が読みやすいかを確かめます。

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“『サピエンス全史』を読んで考えた繁栄と幸福|反出生主義への入り口” への2件の返信

  1. My impressions is because the food chain is born to live all the animals and not only human beings. When I was born anti-birth, I wondered where happiness would increase.

  2. I agree with the opinion that not only human but animals live on the food chain in nature.

    I also think life is beautiful.
    The idea of anti-birth deprives baby’s hopeful life.

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