「みんながやりたいなら、私も賛成です」。全員がそう言って決まった計画なのに、実は誰もやりたくなかった。そんな、合意しているようで希望が共有されていない状況を表すのが、アビリーンのパラドックスです。
アビリーンのパラドックスの意味
アメリカの組織研究者ジェリー・B・ハーヴェイが、1974年の論文で紹介した概念です。集団の構成員が、ほかの人の希望を思い違いしたまま、自分たちの本心と異なる行動に賛成してしまうことに注目します。
多数派に負けて少数派が従う、という話とは違います。ほかの人は望んでいると思ったために、実際には誰も望まない行動が選ばれるところが特徴です。
名前の由来は、家族のアビリーン行き
ハーヴェイが語った例では、暑い日に家族が、テキサス州のアビリーンへ出かけます。提案を聞いた人たちは、本当は気が進まなくても、ほかの人が行きたいのだろうと賛成しました。出かけたあとで話し合うと、提案した人も含めて、誰もその外出を望んでいなかったとわかります。
反対意見がなかったのに、みんなが満足していたわけではない。このずれが、短い逸話の面白いところです。全員が少しずつ相手に合わせると、集団の選択が全員の希望から離れてしまいます。
「賛成」の理由を分けてみる
同じ賛成でも、意味はさまざまです。「ぜひやりたい」「条件付きならできる」「どちらでもよい」「ほかの人が望むなら合わせる」。この違いを一語にまとめると、希望の強さや懸念が見えません。
| 表に出る言葉 | 内側にあり得る考え |
|---|---|
| いいと思います | 本当にその案を選びたい |
| みなさんがよければ | 自分は消極的だが、合わせようと思う |
| 特にありません | まだ考える時間が足りない、言いにくい |
この表は考えを整理する例です。言い方だけで本心を読み取れるわけではありません。だからこそ、推測するより確かめる必要があります。
会議で起きるなら、どんな場面?
たとえばゲームの制作会議で、新しい機能を追加する案が出たとします。全員が「ほかの人は欲しいのだろう」と思い、誰も期間や作業量の懸念を話さなかった。後から、全員が今の機能を仕上げたいと思っていたとわかる。これはアビリーンのパラドックスを考えるための例です。
案を出した人も、強く希望しているとは限りません。「一案として挙げた」だけなのに、周りの賛成を見て、自分も引き返しにくくなることがあります。提案と推薦を分けると、この思い違いを減らせます。
本心を確かめるための工夫
- 議論の前に各自で書く:希望する案と、気になる条件を短く出してもらいます。
- 賛成の強さを聞く:「積極的に選びたい」「受け入れられる」「懸念がある」を分けます。
- 見送る選択肢を置く:実行する案だけでなく、今はしない場合も比べます。
- 決定前に確認する:「誰かに合わせて賛成している点はありますか」と、もう一度尋ねます。
意見を出しても、あとで不利に扱われるなら、形式を変えるだけでは話しにくいままです。懸念を話した人に理由を聞き、検討へ活かす対応が、その後の発言しやすさにもつながります。
集団思考との違い
集団思考は、集団のまとまりや合意を重視するあまり、異なる案や情報の検討が弱くなる問題です。アビリーンのパラドックスは、とくに互いの希望を取り違えた合意に焦点があります。場面が重なることもありますが、同じ名前でまとめるより、「意見を検討できなかったのか」「希望を誤解したのか」と分けると対処を考えやすくなります。
何も反対されなかったことは、全員が望んでいる証拠にはなりません。賛否の数を数える前に、何に、どんな理由で賛成しているのかを確かめると、合意の中身が見えてきます。
意見の出し方はデビルズ・アドボケイト、周囲に合わせる心理はアッシュの同調実験でも紹介しています。
