マリーの部屋:写真や本で学べないこともある?(知的な小話30)

ここでは、日常会話で使える知的な小話と、実際の使用例を紹介します。

マリーの部屋とは

マリーの部屋とは、オーストラリアの哲学者フランク・キャメロンによって提唱された、人間の知覚に関する思考実験です。

マリーと言う女性は白黒の部屋で生まれ、そのまま部屋の中で育てられ、これまで1度も色を見たことがないとします。

マリーにとっての世界は、そのモノクロの部屋の中だけです。

しかし、マリーは白黒の本で勉強し、色というものの存在を知っています。

マリーは、実際には白黒以外の色を見たことはありませんが、どのようにして目で知覚した色の情報が脳に伝わり認識されるかなど、視覚についての完全な知識も持っています。

では、このマリーが白黒の部屋を飛び出し、外の世界で初めて色を知覚したとき、何か新しいことを学ぶのでしょうか?

それとも、マリーは事前に知識として視覚についての情報を得ていたため、何も新たなことは学ばないのでしょうか?

マリーが新しい何かを学ぶとすれば、主観的な体験には知識からは得られない情報が含まれている、ということになります。

物理主義とクオリア

フランク・キャメロンは、物理主義は誤りだと主張するために、この思考実験を提示しました。

ここでは、物理主義は、人の心や物の価値なども含め、全てのものが物理的であるとする哲学上の立場のことです。

例えば、物理主義者は、人間の感情も、脳が電気信号によって活性化しただけに過ぎないと考えます。


マリーが白黒の部屋から出た時に、何か新しい情報を得るとすると、それは物理主義では説明のつかない、何か主観的な「感じ」を知ったことになります。

これは脳科学の用語でクオリアと呼ばれているもので、以下の「哲学ゾンビ」の記事でも紹介しています。

クオリアとは、簡単に言うと、「赤い」や「痛い」といった主観的な人間の「感じ」の総称です。

マリーは白黒の部屋の中で、「赤」という色を見たときに、どのように目から脳に信号が伝達され、脳の神経物質がどのように作用して色を知覚するかは知っていました。

しかし、赤い色を見たときの「感じ」、つまりクオリアは知らなかったため、これを新たに学んだと考えることができるのです。

物質主義では、このクオリアの存在を説明することができません。

キャメロンは、こうした主張を通して、物質主義の誤りを指摘しようとしたのです。

日常会話での使用方法

「旅行なんて全然意味わかんない。良い景色とか写真で見ればいいじゃん」

「君は一生マリーの部屋に閉じこもってな」

本サイトで紹介している用語一覧は以下です。

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