トロッコ問題:究極の選択?(知的な小話31)

ここでは、日常会話で使える知的な小話と、実際の使用例を紹介します。

トロッコ問題とは

トロッコ問題とは、ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるかを問う思考実験です。

線路を猛スピードでブレーキの故障したトロッコが走っているとします。

このままでは線路の前方で作業している5人の作業員が轢き殺されてしまいます。

あなたは線路の分岐器のすぐそばにおり、トロッコの進路を切り替えれば5人を助けることができます。

しかし、切り替えた進路の先には別の1人の作業員がいて、その1人は5人の代わりに死んでしまうでしょう。

この時に、進路を切り替えることは正しいのでしょうか?


この究極の状況で、自分だったらどうするか、考えてみてください。

思考実験なので、大声を出して助ける等、線路を切り替える以外の手段を取ることもできません。

どちらが正しいかの正解はありませんが、各所でこの実験についての問いかけを行ったところ、80%以上の人がトロッコの進路を切り替えて、5人を救うと答えたそうです。

消極的義務と積極的義務

上記のトロッコ問題では、1人を諦めて、5人を救うという人が多数派でした。

では、以下のように状況が変わったらどうでしょう。

あなたは、橋の上にいて、またもや暴走したトロッコが走っています。

トロッコは橋の下を通過しようとしており、例のごとく橋を通過した先には5人の作業員がいます。

あなたの横には、太った男が立っており、その男を突き落としてトロッコにぶつければ、トロッコは止まり、5人の作業員は救われます。

この場合、太った男の背中を押して、5人の作業員を救うことは正しいのでしょうか?

これも思考実験であるため、男の背中を押せば、必ず男は落下して、5人の命が救われ、自分が落ちて救う等の別の手段も無いものとします。


1人を犠牲にして、5人を救うという点で、状況としては分岐器を切り替える最初のトロッコ問題と同じです。

しかし、太った男を突き飛ばしてトロッコを止めるケースでは、結果は真逆になり、80%以上の人が、静観して5人を見殺しにすると答えました。

この違いはいったい何なのでしょうか?


2つのトロッコ問題の違いは、5人を救うために必要なアクションの大きさにあります。

人間が行うべき行為(=義務)には、人を傷付けないことのような、人として最低限守らなければならない「消極的義務」と、人の命を救うことのような、プラスアルファで行えたら良い「積極的義務」があります。

一般に、消極的義務を果たすことは、積極的義務を果たすことよりも優先されます。

つまり、人を傷付けないということは、人を救うことよりも優先度が高いということです。

①進路を切り替えるトロッコ問題では、5人の作業員を救うためには、スイッチを押すだけで良いです。

この状況において、5人の命を救う行為は、比較的容易に実行できる「消極的義務」であると言えます。

一方、②太った男のトロッコ問題では、5人の作業員を救うためには、自らの手で直接男を突き落とし、命を奪う必要があります。

5人の命を救うためには、かなり積極的に1人の男の死に関わらなくてはならず、多くの人にとって強い心理的な抵抗を生みます。

このように、②太った男のトロッコ問題で、5人を救うためには、人を直接傷付ける過程を踏まなければなりません。

この点で、太った男を突き飛ばす行為は、実行しづらい「積極的義務」であると言えます。


以上の例からわかるように、トロッコ問題で5人と1人のどちらを救うかは、自分が1人の死にどれだけ強く関わるかによって左右されます。

本来、こうした人命に関わる行為の是非は、自分の関わる度合いではなく、救われる人数などで理性的に判断されるべきです。

しかし、実際は、①進路を切り替えるか、②太った男を突き飛ばすかで多くの人の選択が変わってしまっています。

こうした意味で、人間はまだまだ理性的な生き物ではないのかもしれません。

日常会話での使用方法

「トロッコ問題、俺は怖いから何もしないよ」

「それは『何もしないことを選択した』ことになるよ」

漫画でおさらい



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