時計を分解して、部品を全部机に並べる。何も捨てていないのに、もう時間を示してくれません。材料があることと、働く仕組みがあることは違う。生き物についても、その違いを問いかける思考実験があります。
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ポール・ワイスの思考実験とは
ポール・ワイスの思考実験として知られるのは、ひよこの体を細かく分解し、構成していた物質をすべて容器に残したとしたら、何が失われたのか、という問いです。実際に動物へ行う手順ではなく、生命の材料と構成を考えるための設定です。
物質が外へ出なかったと仮定しても、その集まりは、歩き、食べ、周囲に反応するひよこと同じようには働きません。材料の種類や量がそろっていることと、生き物の働きが保たれていることは別だと分かります。
ワイスは、生物をまとまりのあるシステムとして考えた研究者で、『The living system: determination stratified』などの研究を残しています。この問いからは、部分の一覧だけでなく、部分どうしの関係へ目を向けられます。
失われたのは「何か一つの材料」なのか
時計なら、歯車や針やばねの一覧があっても、それらが適切につながっていなければ動きません。ひよこの場合も、細胞や組織があり、それぞれが一定の場所と関係の中で働くことが重要です。
たとえば、消化する部分、酸素を取り込む部分、体を動かす部分が、それぞれ存在するだけでは足りません。物が運ばれ、反応が続き、全体として状態を保つつながりが必要になります。
ここでいう組織化は、「部品がきれいに並んでいる」という見た目だけではありません。どこで何が起こり、それがどこへつながるかという働きの関係も含みます。
文章でも、文字の数だけでは意味が決まらない
説明を生き物から離して、短い文章で試してみましょう。
猫が犬を追う。
犬が猫を追う。
使っている文字の種類も数も同じですが、追う側と追われる側は逆です。文字という材料の一覧だけでは、文章の意味を説明できません。並び方や、言葉どうしの関係が関わっています。
もっとばらばらに「う追が猫を犬。」と並べれば、文字は残っていても、普通の文として読みにくくなります。生き物と文章が同じ仕組みということではありませんが、材料と関係を区別する小さな例になります。
魂が抜けた、と結論づけられる?
生きていたものが働かなくなると、「命がなくなった」「魂が抜けた」と表現することがあります。ただ、この設定だけから、特別な物質が容器の外へ出たと結論づけることはできません。
一方、重さが同じなら何も変わっていない、と言うのも不十分です。重さ以外に、形、配置、つながり、続いていた反応を考えられるからです。
同じ材料が残ることは、同じ状態が残ることではない。この点を見るだけでも、生命を何か一個の部品として探す考え方から、働く全体として見る考え方へ進めます。
構造が大事なら、戻せば生きる?
材料を集めるだけでは足りないとして、完全に元の状態へ戻したらどうなるでしょうか。ここでは、何を「元の状態」と呼ぶかが新しい問題になります。
外見を似せるだけなのか、細胞の状態や、内部で続く反応まで再現するのか。「配置が大事」と分かることは、配置を復元する方法まで分かったこととは違います。思考実験は問いを整理しますが、生命を作る技術そのものを渡してくれるわけではありません。
アプリでも、機能の一覧と体験は違う
アプリに問題画面、ヒント、解答、成績の画面がある。その一覧が同じでも、つながる順番や、戻る操作で体験は変わります。正解のあとにどこへ進めるか、困ったときにどこへ戻れるかが、使いやすさに関わるからです。
もちろん、アプリを生命と同じものと考える必要はありません。部分を集めるだけでなく、関係が何を生み出すかを見る、という発想が使えます。
ポール・ワイスの思考実験の面白さは、なくなった材料を探すだけでは答えが見えないところです。「何でできている?」に加えて、「どうつながり、どう働いている?」を問う。いつもの生き物や道具が、少し違う姿で見えてきます。

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生物は死に至ると共に硬直するイメージから死後の体重の方が少し重いのではないかと思ってました。
質量保存の法則から、物質の固さが変化しても、重さは変わらないのではないでしょうか。
参りました。