手が届かないものを、「あんなものには価値がない」と考え直す。その判断には、筋の通った批判がある場合も、悔しさが入り込む場合もあります。ルサンチマンは、ニーチェの哲学で、恨みや反感が価値を生み出す働きを考えるための概念です。
目次
ルサンチマンとは
フランス語のressentimentに由来する言葉です。ニーチェは『道徳の系譜』第一論文で、直接行動して反応する道が閉ざされると、恨みが想像上の復讐を通じて、新たな価値判断を生み出すという議論をしています。ニーチェ『道徳の系譜』第一論文・第10節
単に「嫌な気持ち」だけを指すと、論点が小さくなります。反感が、何をよいもの・悪いものと見なすかに結びつくところが、考えどころです。
悔しいだけなら、ルサンチマン?
競争に負けて悔しくなることはあります。そこから練習を見直す、勝った人の方法を調べる、競争の条件を検討するなど、反応はいくつも考えられます。
一方で、「勝った人たちは皆、くだらない人だ」「勝とうとしない自分のほうが善い」と、相手への否定から自分の価値を組み立てるなら、ルサンチマンの議論と重なる面が見えてきます。
これは理解のための例で、悔しがった人を分類する診断ではありません。感情が生じたことと、そこからどんな基準を作ったかを分けて見るためのものです。
架空の作品コンテストで考える
作品を応募して、受賞できなかった人を想像しましょう。
| 反応 | 判断を検討する問い |
|---|---|
| 構成をもっと工夫したい | 次の作品で、何を変えるのか? |
| 審査基準が応募要項と違った | 具体的に、どの基準が食い違ったのか? |
| 受賞するような作品は全部くだらない | 相手の作品を、どの理由から否定しているのか? |
二番目は、根拠があれば正当な批判かもしれません。三番目も、具体的な作品批評があるかを確かめる必要があります。落選したという立場だけから、「それは恨みだ」と結論することはできません。
ニーチェの議論を、歴史の確定事項にしない
『道徳の系譜』では、この概念が「主人道徳」と「奴隷道徳」という対比や、宗教と道徳の成立をめぐる批判に関わります。ニーチェが提起した、価値の由来を問い直す哲学的な議論です。『道徳の系譜』第一論文
そこから「思いやりは全部、恨みの産物だ」「人権を語る人は嫉妬している」と、現代の人や思想を一括して説明することはできません。ニーチェの見方を知ることと、その見方だけで相手の動機を決めることは別です。
「ルサンチマンだ」で反論を終わらせない
誰かの批判に対して、恨みや嫉妬を指摘するだけでは、批判の内容が正しいかどうかは検討されません。
たとえば待遇の問題を指摘した人が、実際に怒っていたとしても、その待遇に問題がない証拠にはなりません。感情のあり方と、主張の根拠は、別々に確かめる必要があります。
この言葉を相手へ投げるより、自分の価値判断を振り返る問いにすると使いやすくなります。「相手が失敗したら、自分の基準は変わるのか」「自分がそれを手に入れたら、急に褒め始めるのか」と考えてみるのです。
否定のあとに、自分の目的を言葉にする
何かを望まないのなら、相手を否定する以外の理由も書いてみてください。「賞はいらない」で止めず、「こういう読者に、この作品を届けたい」と目的を示せれば、次の行動を考えられます。
ルサンチマンの概念は、怒りをなくすためというより、その怒りが自分の物差しにどう入り込むかを考えさせます。判断の基準をさらに考えるなら、ダブルスタンダードも読めます。
