『利己的な遺伝子』と恋愛を考える:「本能だから」で片づけない読書案内

恋愛について「男はこういうもの」「女はこう考える」と説明されると、分かった気になりやすいものです。リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』も、その説明に使いたくなる一冊でした。ただ、本の視点を人間の恋愛へ持ち込むときには、何を説明できて、何を飛ばしてしまうのかを考えたいと思います。

「利己的」は、遺伝子が欲望を持つという意味ではない

『The Selfish Gene』は、進化を遺伝子の視点から見る本です。タイトルの「利己的」は、人間のような意思や欲望が遺伝子にあるという意味ではありません。次の世代へ残る仕組みを説明するための比喩です。

また、「遺伝子が利己的」だから「人も利己的に振る舞う」とは限りません。ドーキンス自身も30周年版の序文で、この混同を注意しています。本の重要な面白さには、協力や利他的な行動がどう生じるかを考えることもあります。

題名から性格診断を始めるより、何が世代を通じて残り、どんな条件で行動の違いが生じるかを見る。その方が、この本の視点を使えます。

進化の説明は、人生の目的を決めない

子孫へ受け継がれる特徴が、世代の中でどう増えるかという問いと、「人は何のために生きるべきか」という問いは違います。前者は、変化の仕組みについての説明です。後者は、本人の価値観や社会のあり方に関わります。

例えば、子どもを持つかどうか、仕事や創作にどれほど時間を使うか、誰とどう暮らすかは、進化の言葉だけで決められません。「生物としてこう説明できる」から「全員がそれを目標にするべき」へ進むと、問いがすり替わります。

遺伝子を残すことに関わる説明は、子どもを持たない人の価値を測る基準でもありません。生物学上の用語を、そのまま人生の採点表にしないことが大切です。

恋愛を考えるなら、負担と条件に注目する

本の「Battle of the sexes」の章では、繁殖や子への投資をめぐる利害が扱われます。恋愛へ応用して考える入口にもなりますが、人間の全員に同じ行動を割り当てる表ではありません。

出産や子育ての負担、相手が協力する見込み、将来の関係など、条件を変えると、選択の利益と負担も変わります。性別の名前だけを入れ、必ず同じ答えになると考えると、こうした条件を落としてしまいます。

例えば架空の二人が、子育てを考えているとします。一人がどれだけ関われるかは、性別だけでなく、勤務時間、健康、周囲の支援、本人の希望にも左右されます。「誰がどの負担を担えるか」を具体的に話す方が、役割を先に決めつけるより情報が増えます。

一人の子を育てることと、人数だけを増やすこと

「より多く子を残せば、それで有利」という単純な図式も、子が育つまでの条件を抜いています。協力が必要な環境では、長く関わることが重要になる場合があります。

ゲームの例で考えてみます。得点を、始めたプロジェクトの数だけで計算するなら、着手数を増やす戦略が有利です。完成した数で計算するなら、途中で投げ出さず資源を配分する戦略が有利になるかもしれません。評価する対象が違うと、よい戦略も変わります。

これは生物の繁殖をゲームと同一視する例ではありません。ひとつの数字だけを取り出すと、必要な条件が消えることを考えるための比喩です。

「傾向」と、目の前の人の行動は違う

仮にある集団で平均的な違いが観察されても、それだけで一人ひとりの好みや行動は分かりません。集団の中にどのくらい差があるか、対象をどう選んだか、何を測ったかも必要です。

さらに、その違いが見つかったことと、原因が遺伝だけだということは別です。経験、文化、機会、周囲からの期待なども考えられます。「違いがある」→「生まれつき」→「変えられない」という三段跳びには、それぞれ説明が必要です。

恋愛なら、目の前の相手が何を大切にし、どんな約束をしているかを聞く方が、「この性別だから」と推測するより直接的です。

浮気の説明と、浮気の正当化を分ける

ある行動がなぜ起こるかを説明することと、その行動を許すべきかを決めることは違います。怒りが起こる理由を説明できても、相手を傷つけてよいことにはならないのと同じです。

恋愛でも、欲求や選択の背景を考える余地はあります。しかし、相手との合意や約束を無視してよい理由にはなりません。「本能だから仕方ない」という一言では、選べた行動や、相手が受けた影響が見えなくなります。

関係の形は一つとは限りません。大切なのは、当事者が何に同意し、どう理解し合っているかです。進化の仮説を、相手の意思を飛ばす近道には使えません。

私が持ち帰りたいのは、見る位置を変える面白さ

この本から恋愛の万能な答えを得ようとすると、強い比喩に引っ張られます。私はむしろ、人間の目線では意外に見える行動を、別の時間尺度や仕組みから考え直すところに面白さを感じます。

その視点で説明を試し、説明が届かない部分では、本人の経験や合意へ戻る。生物学と人間関係を、一つの決まり文句でつなげない読み方です。

『利己的な遺伝子』は、「相手はこういう生き物だ」と決めるためより、自分が置いている前提に気づくために読むと、ずっと考えることが増えます。恋愛の話でも、分かったつもりになる前に、何を確かめていないかを考えるきっかけになります。

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