ここでは、日常会話で使える知的な小話と、実際の使用例を紹介します。
砂山のパラドックスとは
砂山のパラドックスとは、不明確な用語を用いることによって生じる逆説です。
砂粒がたくさん集まった砂山があります。
そこから1粒の砂を取り除いても、それは砂山と呼ぶことができるでしょう。
さらに、1粒取り除いても同様にそれはまだ砂山と呼べるでしょう。

そして、1粒取り除く操作を何度もくり返すと最終的には砂山は1粒の砂になるはずです。
最終的に残った1粒の砂も「砂山」と呼べるのでしょうか。
また、呼べない場合、どの時点で「砂山」ではなくなってしまうのでしょうか。
1粒の砂を砂山と呼ぶことには違和感がありますし、砂山を砂山と呼べる明確な粒数のラインがある訳でもありません。
このような混乱が生まれてしまう理由は、「砂山」という不明確な用語を使っていることです。
例えば、「1000粒以上の砂で構成された山を砂山とする」といったような明確な定義があれば、こうしたパラドックスは発生しません。
その場合、1000粒以上の砂で構成されている限りは砂山と呼び、999粒以下になった時点で、砂山と呼べなくなるという明確な閾値ができるためです。
ハゲ頭のパラドックス
砂山のパラドックスと同じロジックを適用すると、ハゲた人がこの世に存在しないことも証明できます。
髪がフサフサの男がいるとします。
その男の髪が1本抜けても、その人はハゲになる訳ではありません。
その後に男からまた髪を1本抜いても、まだハゲとは言えないでしょう。
同様に、n本抜いてもハゲとは言えません。
つまり、何本髪が抜けようとハゲではないのです。
この理論を知っていれば、もし歳をとってハゲてしまっても安心です。
ロバのパラドックス
砂山のパラドックス、ハゲ頭のパラドックスと同様のロジックで、ロバのパラドックスというものもあります。
ロバの背中に荷物として藁を積んでいくことを想定します。
藁は1本ずつ順番に、ロバの背中に乗せていきます。
1本の藁は非常に軽く、それだけが追加されてもロバが重量に耐え切れなくなることはありません。
そうすると、上記の議論と同じように、1本目の藁はもちろんのこと、2本目、3本目、n本目の藁を載せてもロバは立っていられるはずです。
つまり、1本ずつであれば、無限の本数の藁を積むことができるということになってしまうのです。
日常会話での使用方法
「私はハゲてないぞ。ハゲ頭のパラドックスというものがあってだな…」
「うるさい。どう見てもハゲてるわ」
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