「自分でひげをそらない人全員のひげをそり、それ以外の人のひげはそらない理髪師」がいるとします。では、その理髪師自身のひげは、そるのでしょうか。
そっても、そらなくても、ルールにぶつかります。このような構造から、ラッセルのパラドックスという集合の矛盾を見てみましょう。
目次
まず、理髪師のルールを確かめる
ある村の理髪師は、自分もその村の住人です。村の住人のひげをそる条件が、次の二つだとします。
- 自分でひげをそらない住人のひげは、必ずそる。
- 自分でひげをそる住人のひげは、そらない。
理髪師が自分のひげをそるなら、二つ目のルールに反します。そらないなら、一つ目のルールによって、そらなければなりません。
「休業日だから」「ひげがないから」と条件の外へ逃げるのではなく、全住人に二つのルールを例外なく適用する設定で考えます。すると結論は、その条件を満たす理髪師は存在できないということです。
集合の問題では、何を集める?
集合は、対象を要素として集めたものです。たとえば数字の集合{1,2,3}は、1、2、3を含みます。集合を、別の集合の要素にすることも考えられます。
そこで「自分自身を要素として含まない集合を、すべて集めた集合R」を作れると仮定します。
R = {x | xは集合で、xは自分自身を含まない}
問題はR自身です。Rは、自分自身を要素として含むのでしょうか。
含んでも、含まなくても矛盾する
| 仮定 | Rの定義を当てはめると | 結果 |
|---|---|---|
| Rは自分自身を含む | 自分自身を含まない集合だけを集めたはず | Rを含めてはいけない |
| Rは自分自身を含まない | Rも、集める条件を満たす集合になる | Rを含めなければならない |
記号では、「R ∈ RならR ∉ R」「R ∉ RならR ∈ R」となります。∈は「要素として含まれる」を表す記号です。
どちらの仮定からも反対側が導かれるため、そのようなRを集合として作れるという前提に問題があります。単に計算が難しいのではなく、定義を自分自身に当てはめると両立しない条件が出るのです。
理髪師の話と、集合の話の違い
理髪師の物語なら、「そんな理髪師はいない」で終えられます。でも集合の話では、「どんな条件でも、その条件に合うものをすべて集めれば集合を作れる」と考えていた原則そのものが問われます。
集め方を無制限に認めると、Rも作れてしまい、矛盾に到達する。ラッセルのパラドックスが重要なのは、数学の土台となる集合の作り方を見直す問題だからです。
定義と歴史、解決の方向はStanford Encyclopedia of PhilosophyのRussell’s Paradoxで解説されています。
集合の作り方に、ルールを設ける
現代の代表的な集合論では、すでにある集合の中から条件に合う要素を取り出すなど、集合を作る方法に制約を設けます。「あらゆるものを一度に集める」ことを、無条件には認めません。
自分自身への言及が、いつでも矛盾するわけではありません。「この文章は日本語です」は、自分について述べても問題なく読めます。重要なのは、自己言及と、含む・含まないを反転させる条件がどう組み合わさっているかです。
自分自身も、ルールの対象に入っている?
たとえば「自分自身を一覧に載せていない一覧を、全部紹介する一覧」を作るとして、その一覧自身を載せるか考えてみてください。設定の中に自分を入れると、理髪師と同じ構造が現れます。
この例は、集合論そのものの証明ではなく、構造をつかむための言葉遊びです。対象を集めるルールが、対象自身にも当たるのか。一度そこへ目を向けると、見慣れた分類が急に不思議になります。

