誰も困らず、安心して暮らせる世界。ユートピアは、そんな理想郷を表す言葉です。ただ、全員にとっての理想を作ろうとすると、「何を大切にするか」の違いが見えてきます。理想郷を考えることは、今の社会の価値観を見直すことでもあります。
トマス・モアの『ユートピア』
トマス・モアの『ユートピア』は、1516年に刊行された、架空の島の社会を扱う作品です。作中では私有財産を持たない暮らしや、1日に6時間の労働などが描かれます。一方、奴隷制も存在し、現代の読者から見て、すべてが望ましい制度とはいえません。トマス・モア『ユートピア』英訳
架空の制度を紹介する語りは、「本当にこの仕組みがよいのか」と考える材料になります。作品に描かれた制度を、作者がそのまま実施すべきだと指示した設計図のように読むより、現実の制度と比べながら読むと、議論の面白さが見えてきます。
ディストピアは、どんな世界?
ディストピアは、抑圧や厳しい管理などによって、人が生きにくくなっている社会を表す言葉です。ユートピアの反対として使われますが、表向きは幸福や安全をうたう社会の裏側に、苦しさが描かれる場合もあります。
全員の安全のために、行動を細かく記録する。平等のために、選べる仕事や暮らし方を統一する。目的だけを聞けば魅力的でも、方法や制約まで見ると評価が変わることがあります。
「安全」と「自由」、「平等」と「違いを選べること」は、どれか一つだけで説明できません。どのような条件で両立させるかが、理想の社会を考える難しさです。
理想の街を作るなら、誰の視点を入れる?
架空の街で、すべての場所へ自動運転の乗り物で行けるようにしたとします。移動が楽になる人がいる一方、散歩する場所が減る人、乗り物を使いにくい人もいるかもしれません。
そこで「便利な街」という言葉を、具体的な人と場面に分けます。通勤する人にはどうか。幼い子どもと出掛ける人にはどうか。急いでいない日に、歩いて楽しめるか。
一人の理想から始めても、違う視点を入れると、必要な条件が増えます。それは理想が失敗したということではありません。抽象的な「みんな」を、実際の暮らしに近づける作業です。
アプリにも、小さな理想の押し付けがある
架空の習慣アプリで、全員が毎日同じ時刻に通知を受ける仕組みを作ったとします。規則正しい生活を助けたい意図でも、夜勤の人には眠る時間かもしれません。
通知の時刻を選べるようにする、通知を休めるようにするなど、利用者が自分の条件に合わせられる余地を考えられます。作る側にとっての良い習慣が、そのまま全員の良い習慣とは限らないからです。
理想を考えるときの3つの問い
- 誰がよくなる?想定した人のほかに、条件の違う人はいないか。
- 何を手放す?便利さや安全のために、どんな自由や選択を制限するか。
- 変えられる?困った人が意見を伝え、仕組みを修正できるか。
ユートピアという言葉を知ると、理想の完成形だけでなく、そこへ至る仕組みを考えられます。誰の目から見た理想なのかを尋ねるところから、議論を始めてみましょう。
利用者の視点を具体的にする方法は、アプリ開発で使えるペルソナでも紹介しています。
