ゲームを始める前に、得点の分け方を決めます。ただし、自分が得意な役を担当するのか、苦手な役に回るのかは、ルールを決めた後まで分かりません。どんな分け方なら、受け入れられるでしょうか。
無知のヴェールとは、自分の社会的地位や才能、財産、人生観などを知らない立場を仮定して、公正な社会の原理を考える仕掛けです。哲学者ジョン・ロールズの「原初状態」を特徴づける条件で、『正義論』で論じられました。
目次
何も知らない人になる、という意味ではない
自分に有利なルールへ誘導できないように、自分の個別的な条件を知らないと仮定します。一方、人間や社会がどのように働くかという一般的な知識まで、すべて失うわけではありません。個人的な立場と一般的な知識を分けることがポイントです。ロールズ『正義論』原初状態の抜粋(PDF)
| ヴェールで隠すもの | 考えるために使えるもの |
|---|---|
| 自分の身分、財産、才能、特定の人生観など | 社会生活や人間についての一般的な知識 |
| どのルールが自分個人を得させるか | ルールが人々に及ぼす影響についての推論 |
実際に記憶を消す実験ではありません。「自分がどちら側になるかで主張を変えていないか」を考えるため、仮定された立場から推論します。
自作例:三つの席と、二つの分配ルール
次は違いを理解するための簡略化したゲームです。得点は多いほど望ましいとし、三つの席のどこに座るかはまだ分からないとします。
| ルール | 三つの席の得点 | 最低点/合計 |
|---|---|---|
| A | 2・8・20 | 2/30 |
| B | 6・7・8 | 6/21 |
合計が大きいのはA、最も低い席の得点が高いのはBです。自分がどの席か分からないとき、どちらを選びたいでしょう。自分が20点の席だと分かった後でも、同じ理由を支持できるでしょうか。
考え方を比べる
最低点を重視するならBになります。仮に各席を同じ確率で引くという条件を別に足すなら、平均点はAが10、Bが7なので、期待値ではAが高くなります。
ただし、「自分の席を知らない」ことだけから、席が同じ確率だとは言えません。条件を追加したことを明示する必要があります。また、実際の社会の自由や機会を、得点の合計だけに置き換えることもできません。
マクシミンと、ロールズの原理は同じ?
マクシミンは、各選択肢の最悪の場合を比べ、その中で最もよいものを選ぶ判断方法です。上の表ならBを選びます。ロールズは原初状態の条件のもとで、この考え方を論じましたが、日常のあらゆる選択を常に最悪の場合だけで決めよ、という一般的な指示ではありません。
また、ロールズの正義の原理には、平等な基本的自由や、公正な機会の条件もあります。格差原理は、そうした条件のもとで、社会的・経済的不平等が最も不利な人々の利益になるように求めるものです。所得を全員同額にすることや、合計さえ増えればよいことと、そのまま同じではありません。『正義論』正義の原理についての抜粋
「公平なくじ」との違い
臓器くじでは、全員が同じ確率で選ばれるとしても、その人に何をしてよいかが問題になります。くじの公平さだけで、制度全体の正しさは決まりません。
無知のヴェールでも、役を公平に配るだけで議論が終わるわけではありません。選ぶルールが自由や機会をどう扱うか、その条件を立場に依存せず受け入れられるかを考えます。「誰でも被害者になり得るから怖い」という感想から、もう一歩進める問いです。
日常で使うなら、役を交代して説明してみる
たとえばグループ作業の役割を決めるとき、得意な人だけがずっと重い作業を引き受けるルールを考えたとします。担当を知る前にも支持できるか、初参加の人にも説明できるかを問い直してみます。
これは原初状態を日常へ応用するための比喩です。現実では、必要な支援や事情を聞いて初めて公正に配分できることもあります。相手の事情を無視するのではなく、自分の立場だけを根拠にしないための視点として使えます。
一つの正解を機械的に出す方法ではない
どの情報を隠すのが適切か、不確実な選択をどう考えるか、何を人々に保障すべきかには議論が残ります。無知のヴェールを使えば、どんな政策でも同じ答えに決まるというわけではありません。選んだ結論と、それを支える前提を一緒に説明することが大切です。
思考実験の一覧に戻って、トロッコ問題の人数と手段、経験機械の幸福と現実を比べると、「何を大切にするか」の違いを楽しめます。