アガペーとは?見返りを求めない愛を、身近な例から考える

親切にしたら、同じだけ返してほしい。そう思うことは自然です。一方、返してもらえるかどうかを条件にせず、相手を大切にする愛の考え方もあります。アガペーは、そんな愛について考える言葉です。

アガペーは、キリスト教で大切にされる愛

アガペー(agape)は、ギリシャ語の愛を表す言葉です。キリスト教では、神の人への愛や、それを受けて人が互いを愛することを考える際に、大切にされてきました。日本語では「無償の愛」「見返りを求めない愛」などと説明されます。

無償と聞くと、お金を取らないことを想像するかもしれません。ここでの焦点は、料金よりも、「相手から何かをもらえるから愛する」という交換の条件だけで関わらないことです。

「してあげた分、返して」は交換の発想

たとえば、友人の引っ越しを手伝う場面を考えます。「来月は自分の引っ越しを手伝ってもらう」という約束なら、お互いに助け合う交換です。これはこれで、二人が納得していればよい関係でしょう。

一方、友人が困っていて、自分にできることがあるから手を貸す。後で同じ量の手助けが返ってくることを条件にしない。こちらは、アガペーのイメージを考える身近な例になります。

二つを、よい人と悪い人の判定に使う必要はありません。何を約束している関係なのか、どんな気持ちで関わっているのかを、分けて考えるための例です。

新約聖書には、愛の姿が具体的に描かれる

『コリントの信徒への手紙 一』13章では、愛を忍耐や親切、自分の利益だけを求めない姿勢などから描いています。また、『マタイによる福音書』5章には、敵への愛についての教えがあります。

これらは、愛を「好きだと感じること」だけにとどめず、人とどう関わるかとして考える手がかりです。自分に好意を返してくれる相手だけを大切にするなら、交換の範囲にとどまりやすい。そこを超える愛が問いかけられています。

エロスやフィリアとは、何が違う?

愛の言葉として、エロスやフィリアもよく並べられます。大まかな入口として、エロスは相手へ惹かれる愛、フィリアは友情の愛、アガペーは相手に与える愛として説明できます。

ただし、人間の愛を三つの箱へ完全に分けられるわけではありません。惹かれる気持ちと友情、相手のために行動する気持ちが、一つの関係の中に重なることもあります。

ベネディクト16世の回勅『Deus caritas est』も、エロスとアガペーを単純に切り離さず、両者の結びつきを論じています。「欲求がある愛は悪く、与える愛だけが正しい」と一直線に覚えると、愛の多様さが見えにくくなります。

相手を大切にすることは、自分を消すことではない

日常で「無償の愛」という言葉を使う際、何をされても我慢する義務として扱う必要はありません。相手のために行動することと、自分の安全や生活を壊すことは分けて考えられます。

たとえば、お金を貸し続けることだけが手助けではありません。話を聞く、必要な情報を一緒に調べる、ほかの支援先を探すなど、関わり方は複数あります。相手にも自分にも無理のある方法を、愛の深さを測る基準にしなくてよいのです。

愛を、返事の量だけで測らない

アガペーは、誰からも何も求めない人になれ、という競争のための言葉ではありません。相手からの見返りだけで、自分の関わりを決めていないかを考える入口です。感謝を数える前に、その人を大切にするとはどんな行動なのか。そこへ目を向けると、愛という言葉が少し具体的になります。

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