自分で作ったゲームが大勢に遊ばれ、友人と喜びを分かち合う。その充実感を、現実と区別できないほど完璧に体験させてくれる機械があったら、使いたいでしょうか。
経験機械は、望む体験を与える装置を想像し、「本人がどう感じるか」だけで人生のよさを説明できるかを問う思考実験です。哲学者ロバート・ノージックが『Anarchy, State, and Utopia』で論じました。現実の技術を紹介する話ではありません。
目次
まず、機械の条件をそろえる
ここでは、機械につながっている間は仮想だと気づかず、望んだ経験を本当の出来事として感じられる、と仮定します。装置が故障する心配や、他人を置き去りにする事情は、いったん脇に置いて考えます。
ノージックの原例には、人生の経験をあらかじめ選び、途中で機械の外へ出て次の期間を選ぶ設定もあります。大切なのは、二度と出られない恐ろしい牢獄かどうかではなく、体験が申し分なくても、それ以外に欲しいものがあるかという問いです。ノージックの原文抜粋(PDF)
自作例:同じ達成感を持つ、二つの人生
| 比べる点 | A:現実に作る | B:機械で体験する |
|---|---|---|
| ゲームを完成させた感覚 | ある | 同じようにある |
| 友人と喜ぶ感覚 | ある | 同じようにある |
| 外の世界で作品が完成したか | 完成している | その体験だけでは完成しない |
| 本人が違いに気づくか | 現実だと思う | 現実だと思う |
この表は原文の引用ではなく、問いを比べるための作例です。あなたならAとBを同じくらいよい人生だと思うでしょうか。違うとしたら、Bには何が足りないのでしょう。
考えを整理する三つの問い
- 「完成した気分」だけでなく、本当に作品を作ることに価値がある?
- 相手が実在し、自分とは別の気持ちを持つことは大切?
- もしAの体験がBより少しつらくても、Aを選ぶ?
答えが変わった条件を見つけると、自分が何を重視しているかを話しやすくなります。
ノージックが考えた、体験以外の価値
ノージックは、単に行った気になるだけでなく本当に何かを行うこと、ある人物であること、作られた経験の外の現実に触れることを重視しました。「楽しかった」という内側からの感じ方だけでは、大切なことを取りこぼすのではないか、という問いです。
たとえば「友人を助けた」と「助けたと感じた」は、本人の満足が同じでも、相手の状況が違います。何に価値を置くかによって、体験が等しいという条件だけでは二つを等しく評価できなくなります。
機械を断れば、快楽主義は間違いだと決まる?
すぐには決まりません。「自分は機械に入りたくない」という選好と、「何が人生をよくするか」という評価の間にも、議論が必要です。現状から変わることへの抵抗や、設定への疑いが混ざっていないかも確かめたいところです。
哲学者Fred Feldmanは、経験機械から何を学べるかについて、ノージックの議論の解釈そのものを詳しく検討しています。一つの直感から、幸福の理論がすべて決着するわけではありません。Feldman:What We Learn from the Experience Machine(論文草稿PDF)
考えを試すなら、機械のほうが幸福だと思う場合の理由も挙げてみてください。「苦痛がなく、本人が十分満足するなら、それを低く評価する理由は何か」と問うと、自分と違う立場の強みも見えてきます。
水槽の脳・VR・功利の怪物との違い
- 水槽の脳:経験が同じなら、外の世界について何を知れるのかという問い。
- 経験機械:経験が満足できるものなら、それだけでよい人生になるかという問い。
- VRやゲーム:現実の道具を使って楽しむ活動。仮想だと知りながら遊ぶことも多く、経験機械の条件とは異なる。
- 功利の怪物:幸福の合計を増やすためなら、分配はどうでもよいのかという問い。
ゲームの中で達成したことにも、技術を身につけた、誰かと協力した、といった現実の側面があります。この思考実験は、ゲームを楽しむことに価値がない、と結論づけるものではありません。
友人と話すなら、理由を一つ比べる
「入る/入らない」だけで多数決をするより、「相手が実在すること」「作品が残ること」「本人の満足」のうち、何が判断を変えるかを比べてみましょう。同じ結論でも、重視する理由は違うかもしれません。
思考実験の一覧から別の問いを選べます。体験と知識を比べるならメアリーの部屋、公平な選択を考えるなら無知のヴェールへ進んでみてください。