治せない病気にかかった人を低温で保存し、医療が進んだ未来に目覚めさせる。SFで見かける発想ですが、将来の蘇生を目指して人体の保存を行う団体は実在します。その取り組みがクライオニクスです。「保存できる」と「人が再び生きることができる」の間には、まだ大きな距離があります。
クライオニクスの意味
死後の人体や脳を極低温で保存し、未来の技術による修復と蘇生に期待する考え方や取り組みを指します。現在の治療を受けながら眠って待つという、一般的な医療の延長とは違います。
実施団体のアルコーは、死亡の判定後に保存の処置を始め、液体窒素を使って低温を維持すると説明しています。これは実施方法についての団体の説明であり、将来の蘇生が成功することを示す結果ではありません。アルコーのFAQ
家庭の冷凍庫とは何が違うのか
生きた組織を冷やす場合には、氷の結晶ができることや、温め直すときの傷害が問題になります。そのため低温保存の研究では、氷を作らずガラスのような状態へ冷やす「ガラス化」などの方法が検討されています。
温度を下げさえすれば、元の状態に戻せるわけではありません。保存液による影響、冷却や再加温の速度、組織の大きさ、保存に入る前の傷害など、考える条件がいくつもあります。
細胞や臓器の保存と、人体の蘇生は別
低温保存の研究そのものには、進展があります。2023年の研究では、ガラス化して最長100日保存したラットの腎臓を、特殊な方法で再加温して移植し、腎機能を回復させたと報告されています。ラットの腎臓保存・移植の研究
これは、保存した臓器を機能させるという具体的な成果です。一方、死亡した人の全身を保存し、脳の機能や記憶を含めて回復させた実験ではありません。腎臓の研究が進んだことから、そのまま人体の蘇生が可能だとは言えないのです。
保存された人が目覚めた例はある?
アルコーのFAQでも、胚の段階を超えて発達した人が、凍結温度を大きく下回る保存から蘇生した例はないと説明されています。クライオニクスは、成功した治療として利用できる技術ではありません。
低温生物学の学会Society for Cryobiologyも、2018年の声明で、人体の保存と将来の蘇生への期待を、確立した科学的成果とは区別しています。学会の声明
将来の見込みを考えるには、時間が経つだけでは足りません。保存の傷害を直せるのか、失われた機能を回復できるのかを、一つずつ確かめる必要があります。
「同じ人が帰ってくる」とはどういうことか
このテーマには、技術以外の問いもあります。心臓が動くだけでよいのか、記憶や性格が回復してこそ本人なのか。長い年月が過ぎた後、家族や社会との関係はどうなるのでしょうか。
SFの物語では、目覚める技術が完成している設定から話が始まります。現実では、その出発点にある「保存した人をどう回復するか」自体が未解決です。物語を楽しむときも、そこを分けると未来の想像がいっそう面白くなります。
本人らしさや連続性の問いに興味があるなら、部品を取り替えた船は同じ船かを考えるテセウスの船もつながる話題です。
