ソースモニタリングとは?「覚えている内容が、どこから来たか」を判断する

ソースモニタリングは、記憶や知識の出所を判断する過程です。誰から聞いたのか、実際に見たのか、自分で想像したのか。内容を思い出せることと、その由来を正しく判断できることは同じではありません。

読み:そーすもにたりんぐ / 英語・別名:source monitoring 出所判断 ソースモニタリングエラー

内容と、出所の二つの問い

「明日は休館」という内容は覚えていても、公式の案内で見たのか、友人の予想を聞いたのかが曖昧な場合を考えます。内容の再認と、情報の出所の判断は区別できます。出所を取り違えると、同じ文章でも確かさの評価が変わってしまいます。

タグを読み出すだけの仕組みではない

Johnsonらの1993年の枠組みでは、感覚的な細部、文脈、考えた跡など、記憶に含まれる特徴を手掛かりとして出所を判断する見方が示されました。すべての記憶に完全な出所ラベルが付き、それをそのまま読み取るだけと考えるより、判断の過程を捉えられます。

たとえば、鮮明な視覚的細部があることを実体験の手掛かりにする場合があります。しかし鮮明さだけで実体験と証明することはできません。どの手掛かりを重く見るか、どんな基準で判断するかも関わります。

外から来たものと、自分で考えたもの

二人の話者のどちらから聞いたかを区別する判断も、想像した出来事と見た出来事を区別する判断も含まれます。後者に関わるリアリティモニタリングは、ソースモニタリングの関連概念として整理できます。

出所の誤りは、ただ何も思い出せないこととは違います。また、他人の案を自分の新しい案だと感じるクリプトムネジアは関連する一例ですが、出所の取り違え全般を同じ名前で呼ぶわけではありません。

確信の強さと、記録を分けて確かめる

自信が強いことは出所の正しさを保証しません。大切な情報は、元の案内や会話記録へ戻って確かめると、記憶の印象とは別の根拠を持てます。メモに出典と自分の推測を分けて残すことも、後から検証する助けになります。

この概念は他人を「嘘つき」と判定する方法ではありません。意図的な虚偽か、出所の混同かを、短い会話だけで決めることはできません。何を覚えているかに加えて、なぜその出所だと思うかを分けるための言葉です。

参考資料