人格攻撃の誤謬とは?「誰が言ったか」と「何を言ったか」を分ける

「その人は失敗ばかりだから、その指摘も間違いだ」。指摘の中身を確かめず、話している人への評価で退けていないでしょうか。人格攻撃の誤謬は、人への批判を、主張が誤りだという根拠にしてしまう議論です。

人格攻撃の誤謬とは

主張の妥当性とは関係のない人物の性質や事情を持ち出し、その主張を退けることです。ラテン語のad hominemから、アド・ホミネムとも呼ばれます。大切なのは悪口の有無だけでなく、その情報が結論の根拠として適切かどうかです。

失礼な表現でも論点に関係する批判はあり、丁寧な表現でも人の属性だけを理由に内容を無視することはあります。礼儀の問題と、推論の問題を分けて見る必要があります。

バグ報告を読む、二つの返し方

以下は自作の会話例です。利用者が「この画面で保存を押すと、入力内容が消える」と報告した場面を考えます。

返し方何を根拠にしているか
あなたは操作が苦手だから、その報告は間違いだ報告者への評価
同じ手順を試したが再現しなかった。端末と操作順を確認したい報告内容と再現条件

一つの環境で再現しなかっただけでは、不具合がないとも断定できません。それでも後者は、検証できる情報へ話を戻しています。報告者を好きかどうかにかかわらず、主張を確認する方法を持てます。

専門性や利害を確かめるのは、いつ関係する?

人物についての情報が、いつも無関係なわけではありません。体験談の信頼性、専門家の証言、利益相反などを検討するときは、話者が何を知り、何を根拠にしているかが関係します。

ただし、「販売者だから説明はすべて嘘」とするのは飛躍です。販売者という立場から情報を慎重に照合することと、示された仕様や計算が誤りだと証明することは違います。資料や再現可能な手順があるなら、その内容も確認します。

「あなたもやっている」は反論になる?

「遅刻を減らそう」と言った人が以前遅刻していた場合、その人の一貫性を問うことはできます。しかし、その事実だけで「遅刻を減らす必要はない」とはなりません。いわゆる「お前だって論法」では、提案の中身と話者の行動を混ぜやすくなります。

一方、公平な運用や責任分担を話している場面なら、本人だけ例外扱いされていることは論点になります。発言の一部だけを抜き出さず、何を結論にしようとしている議論かを確認しましょう。

内容に戻すための短い返し方

「人物への評価はひとまず分けて、この計算のどこが違うか確認しませんか」「その立場だと偏りがありそうなので、元の資料も見たいです」と返すと、関係する根拠を求められます。

誤謬の名前を覚える目的は、相手を黙らせることではありません。誰が言っても確かめられる部分を増やし、合意できる条件と意見が分かれる部分を見つけるための道具です。

出典:Internet Encyclopedia of Philosophy「Fallacies」Ad Hominem

出典:OpenStax Introduction to Philosophy, 5.5 Informal Fallacies

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