初めて見たはずの投稿なのに、「この形式、知っている」と感じることがあります。画像は違っても、言葉の並びやオチの付け方が同じ。ネットでは、内容と一緒に「作り方」まで広がることがあります。
ミームは、人から人へ模倣されて伝わる文化的な情報や、そのまとまりを考える概念です。ネットミームでは、画像、言い回し、動き、音などが、コピーや改変を通じて共有されます。
目次
もともとは、ネットの画像だけを指す言葉ではない
リチャード・ドーキンスは、1976年の『利己的な遺伝子』でミームという概念を提案しました。生物の遺伝子との類比を使い、文化の中でも模倣を通じて伝わるものを考えたのです。
ここで、文化の中にDNAのような物質が見つかったという意味にはなりません。何を一つの単位として数えるか、遺伝子との類比がどこまで有効かは、考えるべき問題として残ります。
本の考え方に興味がある方は、『利己的な遺伝子』の紹介もどうぞ。
バズとミームは、注目する点が違う
ある動画が一度に大量に見られれば、「バズった」と言えます。一方でミームに注目するときは、それを見た人が、同じ形式を使って別の内容を作る動きにも目を向けます。
研究者Limor Shifmanは、デジタル文化の中で、互いを意識して作られ、共通する特徴を持つコンテンツの集まりとしてミームを考えました。議論の入口は、2013年の論文『Memes in a Digital World』で紹介されています。
広く見られた一つの作品と、その作品をもとに続々と生まれる派生作品。両方が重なる場合もありますが、見ている現象は少し違います。
架空のテンプレートで考えてみる
ここでは、「出かける前の私/帰宅後の私」という二枚組の画像を考えます。最初の投稿は、元気な猫と、眠そうな猫だったとしましょう。
それを見た人が、「勉強前/勉強後」「ゲーム開始前/難問に出会った後」と、中身を入れ替えます。共通するのは、前後の落差を見せる形式です。
- 残る部分:二つの場面を比べる構成。
- 変わる部分:登場する物、状況、セリフ。
- 分かる楽しさ:「あの形式の別バージョンだ」と気づくこと。
これは説明用に作った例です。実在する流行や、実際に拡散した投稿の記録ではありません。
改変しやすさが、参加の入口になる
完成した作品を眺めるだけなら、次の人がすることは限られます。ところが、一部分を入れ替えられる形式なら、「自分ならこうする」と参加しやすくなります。
大喜利にも、共通のお題に別々の回答を入れる楽しさがあります。ただし、大喜利のお題がすべてネットミームになるわけではありません。形式がコピーされ、別の場でも使われるようになるかは、もう一つの動きです。
同じお題から回答の違いを楽しみたい方には、『その場で大喜利』の画面付き紹介があります。
内輪では伝わるのに、外では伝わらない理由
ミームは、元になった作品や文脈を知っていることが笑いの前提になる場合があります。「この表情は、あの場面のことだ」と分かる人には短く伝わっても、知らない人には説明が足りません。
アプリの紹介や初めて来る読者向けの文章では、内輪の形式だけで説明を済ませない方が、遊び方を伝えやすくなります。ミームを添えるとしても、何ができるかは普通の言葉で書いておきたいところです。
面白さと、正しさは別に確かめる
短い画像は、細かな条件を落としてしまうことがあります。歴史や科学の話が面白くまとまっていても、その画像だけで事実だと決めず、元になった話を確かめましょう。
ミームの面白さは、一つの作品が固定されたまま広がることだけでなく、参加する人が少しずつ変えていくところにもあります。次に似た形式の投稿を見かけたら、「何が残り、何が変わったか」を比べてみると、文化が動く様子が見えてきます。

