ウイルスに感染するのは、人間や動物だけではありません。細菌にも、細菌を狙うウイルスがいます。その名前が「バクテリオファージ」、略して「ファージ」です。病原体として語られがちな細菌にも天敵がいる、と考えると微生物の世界が急に立体的に見えてきます。
目次
細菌とウイルスは何が違う?
細菌は細胞を持つ生物です。一方、ウイルスは宿主の細胞を利用して増えます。ファージの宿主は細菌。人間に感染するインフルエンザウイルスとは、相手にしている細胞が違います。
よく図鑑に登場する、頭と尾と脚がある宇宙船のような姿は、一部のファージの形です。ファージ全体が同じ姿をしているわけではありません。「あの形だからファージ」と覚えるより、細菌に感染するウイルスの総称と押さえると迷いません。
鍵が合う細菌に取りつく
ファージは、どんな細菌にも自由に感染できるわけではありません。細菌の表面にある分子との相性などが関わり、感染できる相手の範囲が決まります。
鍵と鍵穴を想像してみてください。細菌という建物が並んでいても、一つの鍵で全部の扉が開くとは限りません。さらに、扉を開けた後にも細菌側の防御があります。入口が合うことと、増殖に成功することは別の段階です。
細菌の中で増え、外へ出る「溶菌」
代表的な増え方では、ファージが遺伝情報を細菌に送り込み、細菌の仕組みを使って新しいファージを作ります。最後に細菌の細胞が壊れ、できたファージが外へ放出されます。これが溶菌サイクルです。OpenStaxの微生物学教材でも、この流れと次の溶原サイクルが区別されています。
- 感染できる細菌に取りつく。
- 細菌の中へ遺伝情報を届ける。
- 細菌の仕組みを利用して、部品を作り組み立てる。
- 細胞を壊して、新しいファージが外へ出る。
工場に入り込んで、その工場の設備で自分のコピーを製造するイメージです。ただし細菌が自分の意思で協力しているわけではなく、分子どうしの反応として進みます。
すぐに壊さず、遺伝情報を残す「溶原」
すべてのファージが、感染直後に細菌を壊すわけではありません。例えばラムダファージは、遺伝情報を細菌の染色体に組み込むことがあります。この状態では、細菌が分裂するとファージの遺伝情報も受け継がれます。条件の変化により、そこから溶菌サイクルへ移る場合があります。
同じ「感染」という言葉でも、すぐに工場を乗っ取って壊す場合と、設計図の中に自分の情報を忍ばせる場合がある。この違いが、ファージの面白いところです。
ファージ療法は、なぜ研究されている?
細菌に感染する性質を、細菌感染症への治療に使えないか。これがファージ療法の発想です。抗菌薬への耐性が問題になる中、米国FDAもファージ療法を含む開発研究を支援する分野として挙げています。
ただし「細菌の天敵なら、どんな感染症にも効く」とはなりません。狙う細菌に合うファージを選ぶこと、体の中で目的の場所に届くこと、安全性や効果を確かめることが必要です。研究の可能性と、個々の治療で使える条件を分けて見ると、ニュースが読みやすくなります。
ファージから見える微生物の世界
細菌は、ただ増えるだけの存在ではありません。ウイルスとの攻防があり、遺伝情報が受け継がれ、ときにはその関係を人間が医療に役立てようとしています。ファージを知ると、「小さい生き物の世界」にも複雑な関係があることが見えてきます。

